虎舞(5団体)

とらまい

三陸大槌を象徴する郷土芸能

三陸随一の豪商の前川善兵衛(通称:吉里吉里善兵衛)が、近松門左衛門が書き下ろした『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』の「和藤内(わとうない)の虎退治」の場面を故郷に帰って創作舞踊化したなど諸説があります。
 
現在、5つの団体が活動しており、和藤内の虎退治を演目にする伝統的系統と躍動感を中心にした比較的新しい系統があります。
平成11年に町の「無形民俗文化財」に指定された吉里吉里虎舞と安渡虎舞、また戦後新しく創建された向川原と陸中弁天虎舞、そして平成の城山虎舞です。なかでも吉里吉里・安渡の虎舞は、古くから伝承されてきた芸能団体で、どちらも江戸中・後期の発祥と口伝されています。
これら虎舞の演目を大別すると「通り舞」「庭使い」「散らし囃子」から成り、そのうち「庭使い」の「跳ね虎」「遊び虎」「笹ばみ」などがあります。
「跳ね虎」については近松門左衛門が書き下ろした「国性爺合戦」の和藤内の虎退治が題材としている。

安渡虎舞(あんどとらまい)
[町無形民俗文化財]
*伝承地:安渡地区

虎舞は江戸中期、山田町大沢より釜石市片岸に伝わり、安渡虎舞は天保年間に釜石片岸の虎舞より指導を受けて伝承されたと云われています。
平成2年から保存会が地域一丸で伝承活動に励み、安渡小学校の児童や地域生徒達の育成を計ってきました。
東日本大震災でメンバーの犠牲、道具一切の流失ありましたが、虎舞の復活を通じて地域の再生を計りたいという思いから復興支援を受け活動を再開しています。
演目:「通り舞」「大黒舞」「頌徳舞」「露喰(和藤内の虎退治)」

吉里吉里虎舞講中(きりきりとらまいこうちゅう)
[町無形民俗文化財]
*伝承地:吉里吉里地区

江戸時代中期、大坂竹本座で上演の近松門左衛門作の人形浄瑠璃「国性爺合戦」の二段目「千里ケ竹の場」和藤内の虎退治の場面に感銘を受けた三代目善兵衛助友一行が郷里に帰った後、赤土で虎頭を造り虎舞を創作し、踊りや振付、笛太鼓の囃子をつけて今の舞にしたもと伝えられています。
現在では大漁祈願、海上安全祈願を込めて踊られ、天照御祖神社祭礼、前川家ゆかりの吉祥寺で奉納供養を行っています。
演目:「通り舞」「庭使い」「散らし囃子」

城山虎舞(しろやまとらまい)
*伝承地:栄町・須賀町

平成8年、町内の若者達が釜石市尾崎町虎舞の指導を受け活動を始め、平成14年からは町内の栄町、須賀町地域を拠点に活動をしていましたが東日本大震災大津波により被災。
大槌町虎舞のほとんどが津波で活動拠点を失う中、震災1か月後には残された道具類を共有しながら「大槌虎舞」として被災地を励まし続けました。
現在は、支援のお礼にと全国各地に出向き、感謝の舞を披露しています。
演目:「遊び虎」「はね虎」「笹喰み」、手踊り「甚句」「大漁唄込」「俵積唄」

向川原虎舞(むかいがわらとらまい)
*伝承地:向川原(末広町・新町)

昭和23年、郷土芸能を通じた青少年健全育成を目的に、向川原地区の青年会活動の一つとして取り入れられました。
当初、吉里吉里出身の師匠の指導を受け「和藤内」を取り入れていましたが数年後釜石の虎舞団体との交流の中で踊り・囃子の教えを受けたものが現在の踊りの原形です。
大津波で人的・物的被害を受けましたが、復興支援と会員の熱意で乗り越え、活動を続けています。
演目:「ちらし」「矢車」「跳ね虎」「笹喰」「甚句」

陸中弁天虎舞(りくちゅうべんてんとらまい)
*伝承地:赤浜地区

昭和49年、赤浜の若者により「赤浜虎舞」として結成。
昭和56年、大槌湾の蓬莱島に祀られる弁天神社に、和藤内の大神宮のお札と吉里吉里善兵衛ゆかりの品が納められ、これを機に「陸中弁天虎舞」と改名しました。
伝統的な舞の他、独自の舞を意欲的に創意工夫して創作披露し、大槌稲荷神社・小鎚神社・赤浜八幡神社・弁天神社に奉納、また、各種祭礼、イベントでも活動しています。
演目:「散らし(前奏曲)」「矢車(遊び虎)」「はね虎」「笹喰み」

《マメ知識》
◆虎退治の「和藤内」について・・・。(1)

和藤内(わとうない)は、中国「明」の遺臣の父と日本の母をもつ実在の英雄、鄭成功(ていせいこう 俗称:国姓爺)がモデルになっています。
和藤内が両親とともに中国大陸に渡り、父の祖国「明」を復興するために活躍するという内容。虎が登場する二段目の「千里ヶ竹の場」は、和藤内が異母姉の夫「甘輝」と同盟を結ぶため獅子ガ城へ向かう途中、千里ヶ竹の竹林に迷い込み、敵の韃靼王(だったんおう)に献上する虎狩りが行われているところに出くわすという場面。↓

《マメ知識》
◆虎退治の「和藤内」について・・・。(2)

そこで和藤内が怪力と天照皇大神宮の護符の力で虎を手なずけます。そして虎狩の韃靼兵たちも味方に付けて和藤内一行が獅子ケ城へと向かいます。
※史実と異なる脚本にしたことから人名「国姓爺(こくせんや)」を「国性爺」に直してタイトルにしたといわれています。
※中国人を父に、日本人を母に持つ「和藤内」の役名は、「和(日本)でも藤(唐:中国)でも内(ない)」という洒落からのネーミング。

★ 三陸 大槌町 郷土芸能 かがり火の舞 ★(令和6年も開催!)

年に一度、町中が熱気に包まれ盛り上がる大槌まつり。
その前夜祭として神社で舞を奉納する「宵宮(よいみや)」の雰囲気を、大槌町を訪れた観光客の皆さんに楽しんでいただく企画、三陸大槌町「郷土芸能かがり火の舞」。令和6年で4年目の開催です。
(イベント情報「かがり火の舞」参照)
 
かがり火に照らされ、幻想的な雰囲気の中で勇壮に舞い踊る郷土芸能演舞を、荘厳な夜の小鎚神社でお楽しみいただけます。
だれでも観賞できますので、ぜひお越しください。

お問い合わせ 0913-42-5121 大槌町観光交流協会
引用文献 2015年1月31日発行「大槌の郷土芸能」(大槌町文化遺産活性化実行委員会)
写真協力 大槌町ほか
情報更新日 2024.6.18 ※掲載内容は、状況によって更新されます。
「かがり火の舞」情報 https://otsuchi-ta.com/event-info/?p=6207